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それぞれの、彼

【劉禅様の考察】

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いつからだろうか。
そなたへの気持ちを自覚し始めたのは。
小さい頃はよく膝にのせてもらったものだ。そうやって書を読んでくれるそなたの声が本当に好きだった。低く静かに甘く、それは私の胸に響いた。
また、そなたの身体や袍からはいつも良い香りがした。白檀かなにかを焚きしめていたのかも知れない。流れるような黒い髪をひっぱると、いつも微笑みながら優しく私の手を取って「いけませんよ」と囁いていたのをよく覚えている。その美しさや雰囲気というものに、当時はどのように感じたかは既に思い出せないが、ある時から背筋が疼くような、特別な感覚を持ったのだった。

  

  

父上が崩御して、それからそなたは私を陛下と呼ぶようになった。

   

  

いつからか、いたずらでそなたの口を奪った時、自分の方が力が強くなっていた事に驚いた。いとも簡単にそなたの抵抗を封じる事が出来るのだと知ってから、私の気持ちは更に強くなっていった。

  

  

そなたを、心の底から私に従わせてみたい。

 

   

時々、そなたを玉座の上でいじる事がある。
背中から抱き込む様に座らせたり、こちらを向かせて座らせたり、色々だ。
袂を割って足からそっと撫でていく際にそなたが漏らす、何かを諦めたかのような切ない吐息がたまらなく好きだ。
一度、こちらを向かせてそなたの両手を後ろで縛った時があった。特に腰を支えてやる事もしなかったので、そなたはこちらへ身体を預けてきた。かい撫でる度に、私の首元にその顔を押し付けてきて、熱く甘い息を吐いた。それがあまりにも心地よく、いつも以上に遊んでしまった。最後の時はそなたも理性が無くなっていて、しかし何かに掴まりたくても腕を縛られている為、思わず私の首筋を噛んできた事があった。終わった後にうろたえながら謝罪をしてきたが、実はあの瞬間が一番心地よかった。そなたが余裕を無くしてこちらに縋り付く様を見るのが大好きなのだ。そなたが小さく震えだして、そろそろだろうかという時に「終わらせて欲しいのか?」と聞くと、そなたは恥ずかしさの為か必ず無言で頷いた。その様子が子供のようで、とても愛らしい。

  

  

美しいと言われる数多の女より、そなたの方がよっぽど艶がある。
そのよがる様を見ているだけで、こちらもいってしまいそうになる。それは、そこらへんの女では無理だ。そなたでないと、無理だ。

   

  

本当に、そなたは狂おしい程に美しい人なのだ。
自分のその罪深さを、いつか分かって欲しい。

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【馬幼常の考察】

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荊州で兄上と一緒に劉備様に仕官致しました。
その際に、後ろに控える貴方を見て心底驚きました。なんて人だろうと思いました。
髪は黒く長く、その目元は涼しげで、その人が持つ知性をそのまま具現化するとこうなるのだろうか、と思わせられるような、内面から染み出るような美しさでした。
しばらくして、兄上が貴方と義兄弟の盃を交わしたと聞いて驚きました。兄上はとても朗らかな人で、よく笑いよく呑み女遊びも堪能する、そういう人でした。その為、そういった奔放な兄上と何故貴方が、というのは素直な驚きでした。ですから、はじめのうちはどこか実感が無く、兄上の元によく貴方がやってくるものなので単純にその境遇を喜びました。
しかし、仲良く笑い合っている二人をみているうちに、少しずつ嫉妬というか疎外感というのか、そういうものを抱くようになっていったのです。

  

   

かといっても、兄上は自分にとって大切な兄上で、幼少の頃からの尊敬の念は死ぬまで変わりませんでした。
兄上が亡くなった後に貴方を見た時は、ひそかに心配をしました。
一見何も変化が無いように見えましたが、恐ろしく無表情になる瞬間があって、それを見る度に兄上の死が貴方にとって強烈だった事を感じました。

   

  

そして、兄上がいなくなってからは、貴方はよく私に構ってくださいました。兵法も執務の事もよく教えてくださり、私は自他共に認める貴方の寵臣となりました。ごくたまに、私を懐かしそうな目で見る時があるのを、貴方はご存知でしょうか。ああ、恐らく兄上を思い出されているのだと思うのと同時に、その貴方の目が切ない程に優し過ぎて、どうしても兄上への嫉妬が一緒に湧きあがってきます。
私がいない所で、この二人はどのような表情でどのような話をしていたのだろうと考える時がありますが、そこに思いを馳せれば馳せる程大抵むなしくなるので、近頃では止めています。

  

  

時々、貴方の事を思うと発作的に苦しくなるときがあります。
こればかりは自分ではどうにも出来ず、先日無理矢理に貴方の口を貪ってしまいました。
あの時の事を思い出すと、今でも平静ではいられなくなります。

   

   

あの後も多少の気まずさは残りつつ、それでもこなさなければならない執務は際限無くありますので、通常通りにお互い接するしかありません。
しかし、ふとした瞬間に貴方のあの表情や吐息が思い出されてしまう時は、慌てて違う事を考えるか、それでも振り切れなかった場合は、一度部屋を出て気持ちが落ち着くのを待ちます。

  

  

何気なく後れ毛を撫で付ける仕草であるとか、唇を少し開けたまま人差し指でそれを撫でながら考え事に没頭している仕草であるとか、溜息のその声音であるとか、貴方の発する全てが、私の心を乱します。

 

 

勿論、貴方をお守りせねば、貴方の悲願を叶える為の助力を惜しまず日々精進せねばという気持ちもあります。

 

 

それでも、それらの気持ちを越えてしまう瞬間があるのです。
それはもう、私ごときの気持ちひとつ、気力ひとつでは、どうにも出来ない事なのです。

 

 

どうか、教えて下さい。聞かせて下さい。
どこまで、私の心が乱れれば、この苦しさが終わるのですか、と。

 

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【馬岱の考察】

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昔から長い黒髪の人が大好きだった。
そういう人を見ていると「いいなあ」ってついつい眺める癖があった。

  

  

そんな中、帰順先の軍師さんが、思わず目を疑う程自分の好みに合っていて驚いた。
なんてきれいな人なんだろうと、降伏の最中に感心していた事は今でもよく覚えている。

  

  

その後、冗談めかして「キレイだね」とか言って遊んでいたというか、楽しんでいた。君も特に俺の言葉は真剣に受け止めず、いつも軽く流していた。そういった気軽さがまた、良かった。
自分好みの美人さんが出仕先にいる。これで、どれだけ毎日が楽しくなるのか。

   

   

そうして日々の中、若が亡くなり、殿が亡くなり、時間が過ぎていった。
南中平定が終わって次の戦はついに北かという時期に、あるきっかけの日があった。
俺が君の髪を結う事になった朝、急に泣き出した時があったよね。
それは、自分で自分を責めてどうしようもなくなって流した涙だった。
俺は君がどれだけ頑張ってきているかは知っているつもりだったから、全力でそれを否定した。違うよ、君が悪いんじゃないんだからねって。
「どうして、そこまで」と聞かれて「君の事が、好きだからだよ」と答えた。
戸惑った様子の君が、本当に本当に愛おしくて、たまらなかった。

  

   

君の横顔、声、ふと笑った時の華やかさ、抱いた時の美しさ。
全てが好きで、好きで、もう、どうすればいいの。

​   

   

   

   

「・・・」
「・・・」
「・・・何でしょうか」
執務室に用も無く押しかけて、その横顔を見ている最中だった。
執務中の君から見れば、はっきりいって煩わしいだろうとは認識しつつ、ついつい来てしまうのだった。
「んー。何も。気にしないで。ただ、キレイだなあって、見てるだけだから」
「・・・そういうのが一番、気になりますけどね・・・」
少し苛立った口調でそう答えてきた。
俺は君が執務をしている姿を見るのが大好きだった。
俯き加減で書簡に目を通し、筆を硯の上で整え、流れるように書いていく。
書簡を纏める時の慣れた手付き、遠くの物を取る際に袂をそっと折る仕草、考え事に夢中になっている時の眉のひそめき。全てが美しいからだ。
「ねえねえ」
「後にして下さい」
「後ならいいの?」
「ええ・・・」
その生返事に、「じゃあ、夜行っていいよね」と聞いてみた。
そしたら「ええ・・・」とまた生返事が返ってきたので、ついつい君の側に寄って素早くその頬に口を落とした。
驚いた君は筆を滑らせた。
「あ!墨が付いた!」
「え?ああ、ごめんなさい。・・・というより、貴方が急にそんな事をしなければ良かったのに・・・」
「まあ、これくらいなら大丈夫。・・・それで、さっきのはいい?」
「え?・・・ごめんなさい、何でしたっけ?」
うん、そういう君が好きなんだけど。
でも、本当に身体が心配。
「今夜、部屋に行くねって話。だって、俺が見てないとまた遅くまで執務するからさ」
「・・・そう言わないで下さい・・・」
「責めてるんじゃないの。心配してるの」
「・・・」
恐らく照れてるな、こういう時は。
本当に、可愛いんだから。
「じゃあ、そういうことで」
そういって出て行こうとした時。
「いつも、ありがとう」
そう言ってわざわざ立ち上がった君は、なんと自分からそっと口づけをしてきた。
本当に触れるか触れないかの微かなそれ。
そして、たったそれだけの事なのに、どうしてここまで自分は嬉しくなれるのだろうか。
思わず愛おしさが溢れてしまって思いきり抱きしめてしまった。
一瞬怒られるかなと危惧したが、怒られはしなかった。
「貴方も、身体には気を付けて下さいね」
と言われた日には、絶対に風邪すら引かないぞと心に誓った。
だって、貴方を心配させたく無いからね。

   

    

だから、貴方もどうか自分を大切にしてね。
勿論、そういって出来ない事も知っているけれど、だからこそ、俺が側で見ているから。
君が、自分で自分を傷つけない為に。

    

   

   


おわり

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