top of page

書架の傍におちる秘色

宮中傍の書庫である。
内密な話がある故と秘書監に人払いをさせたのは自分。一見では分からないが、普段より表情が硬いそなたを先に入れされた。
当然、話をする為にこのような所へ来ている訳でない事位、そなたも分かっているのだろう。
書架に背を預けて、近くに立っている孔明を見た。僅かに眉をひそめたそなたは、本当に美しい。
手振りでもっと傍に寄るように促した。
孔明は背が高い。手を伸ばしてその顎に手を添えると、反射的に少し顔を引いた。
反対の手で腰の辺りに触れ、そのままひと差し指で内股の辺りを撫でていった。
思わず身をよじるように俯いたそなたの首に腕を回して、思いきりこちらへ寄せた。重心を崩したそなたは咄嗟に私の背にある書架に手をついた。構わず強く引き寄せたまま口を吸った。顎を掴んで大きく口を開けさせる。舌を追い回す様にして何度も何度も舐めた。
書架についている手が疲れてきたのか、そなたは手を外して腕を書架につけ直した。更に、身体が近くなる。その背中から脇腹の方へそっと指をなぞらせると、吸っている唇からはくぐもった声が漏れてきた。
この声を、もっと聞きたいものだと、いつも思う。
口を外すと、顔を背けてみせた。そうすると覗く耳元に今度は口を付ける。形をなぞるように舐め上げると、固く結んでいる唇から僅かに息が漏れてきた。それを心地よく聞きながら、撫でていた内股から褄を割ってそこに手を伸ばすといよいよ声が出た。
「・・・あ」
耳から首筋へ。僅かに仰け反る首を味わうように吸った。そして手で撫でていると、そなたは自分の身体を支えるのが辛くなってきたのか、思わずといったふうにこちらへ抱きついてきた。背中の袍が強く握りしめられているのを感じる。その身体をこちらも抱きしめた。首元で密やかに喘ぐそなたをもっと見ていたかったが、これ以上自分も相手の身体を支えるのは正直力が保たなかった。
「そなたが、私を抱きながらよがる様は堪らないのだが・・・」
そう言って、縋り付いてくるそなたと一緒に身体をしゃがませて、床に腰を付けた。そのまま押し倒して仰向けに寝かせる。顔の傍に片肘を付いて動物が物を食べる様に、また口を貪った。もう一方の手は胸元へ入れてさぐると顔を背けようとするので、それを許さないように、床に押し付ける勢いで更に深く吸った。
しばらくして離すと、口を開けて息を大きく繰り返した。それを見計らい、手を下げて前をくつろげさせ、そこへ直接触った。開いた口からは思わず声が漏れた。
「はっ・・・、や、あ・・・」
自分の声に眉をひそめて、咄嗟に両腕でその顔を隠した。
「孔明。腕を、外しておくれ」
いつもなら逆らわないのだが、やはり冷静ではいられないそなたは腕で隠したまま、ゆるく顔を横に振った。少女のようなその仕草に、悪戯心が揺さぶられる。
顔を覆っている腕の手首や手のひらを人差し指で遊ぶ様になぞりながら、反対の手でもずっとそちらを撫でていた。
何度も身体をよじり、背を反らせ、足が震えてきた頃、急に手を引いた。
そなたはどうしてよいか分からない疼きを抱えて、一度大きく身を震わせた。その様はまさに絶景で、とても恍惚とした気持ちにさせてくれるものであった。
「孔明。そなたが言う事を聞いてくれないものだから・・・」
「・・・」
「・・・ほら、最後は、自分でやってごらん」
その言葉に嗚咽のような溜息を吐いて、腕で表情を隠しながら大きく顔を横に振った。当然の反応と言えば、そのとおりであった。そなたであれば、そうするだろう。
固く拳を握りしめて大きく息をしているそなたは、放っておけばこのまま耐える道を取りそうだった。
その拳を半ば強引に顔から引きはがして、ひとつは床に縫い付け、もうひとつは自身のものへ一緒に手を添わせた。
「やっ・・・、どうか・・・っ」
上から指を絡ませるように手を掴み、そこを強く撫でた。
「ああ、・・・いやだ・・・、どうか、もう・・・っ」
「恥ずかしがることもあるまい」
眉根を寄せたその目からはついに涙が静かに流れ出した。それを舌先ですくった。
仰け反った首を露にして、また身体を震わせ始めた。それを見て、更に強くこすったのち、最後の最後でこちらの手を引いた。
大きくわなないた後、自身のものでその手や腹を汚した。自分で終えた形になった孔明は、何もかも疲れたかのような顔で大きく息を繰り返した。涙も、流れ続けた。
そなたの汚れた手を取り、それを指一本ずつきれいに舐めていった。顔を動かすのも億劫だというふうなそなたはそれをぼんやりと眺めていた。親指から舐め、爪先から指の腹、付け根まで舐め回して、隣の指へ。小指はちいさいので全て口に含んで舐めた。それから手の腹を、最後は手首の内側を戯れのように吸った。そこで、そなたは僅かに顔をしかめた。
更に、汚れた腹やその付け根も舐めていくと、いやだというように足を閉じようとした。それを両手でこじ開けるようにして、続けた。
しばらく抵抗していたそなたも疲れてしまったのか、ついに最後はされるがままであった。
全て終わった後、半身を起こしてそなたを見下ろした。目を瞑ったままのそなたは、まるで静かに寝ているかのようにも見えた。
動かないそなたの代わりに、大雑把ではあるが袍を胸前にかき寄せて整えた。投げ出されている手をとり、そっと口づけを落とす。
昔から好きだったこの人。
いつか、自分の手で泣かせてみたいと思い始めたのはいつからだったろうか・・・。
この人を女のように抱く事には興味があまり無かった。自分の手で、震えさせ、よがりさせ、縋り付かせ、時には嫌だという事を強制的にやらせる。そうした行為に、酔いしれるのだ。首を振るそなたのその、娘のような仕草に、胸が震えるのだ。いつも毅然としていて、その一声、その目配せで全軍を統率する事が出来る、圧倒的な迫力を持つ、そなたであるからこそ、自分の手で落とすことに最大の悦びを得られるのであった。自分だけが、唯一この者の上に立てる存在である。だからこそ、何もかも無理矢理に施したい。相手の意に添うなどと、そんなつまらない事に正直興味は無かった。
「・・・そなたは、秘色のようだな・・・」
そなたの指を撫でながら呟いた。その自分の声に、ゆっくりと目を開けてこちらを見てきた。
「・・・青磁、の事ですか・・・」
「ああ。あのように美しく、清楚に見えて、しかしどこか妖しい。秘色とは、誰が考えたのか知らないが、良い表現ではないか」
「・・・」
「そなた、誰か想い人がおろう」
その言葉に、僅かに目を開いてみせた。いつもであれば、多少の事では顔色を変えないそなたであるが、この言葉には少し驚いたようだ。どこまでも鈍い子供だと、思われている証のようなものだった。
「分かる、ものだぞ。案外な。ふふ、一体誰であろう。当ててみせようか」
その言葉に、思わず顔を強ばらせた。
「・・・それを当てて、どうされるおつもりですか」
「ふむ。どうしようか。どうにでも出来るからなあ。・・・そなたが、また言う事をきいてくれなかった時に、それは考えよう。今、面白い事を思いついても、忘れてしまうから」
「・・・」
「孔明。別に、そなたに想い人がいようがいまいが、どうでも良いのだ。そなたが、私の言う事をきく。それだけで、いいのだ」
「・・・私の忠誠は、既にお分かり頂いている筈です」
「ふむ、そうだな。しかし、時々、その想い人であったり、それ以外では父上であったり、そうした人の顔を思い浮かべる瞬間があろう。それも、別に止めはしないのだが、それによって私の言う事を聞かない事がある。それだけは許せぬ」
「・・・」
「・・・ふふ。そう、警戒するな。たまには、そう言って臣下の首を握っているという、君主面をしてみたいだけだ」
「・・・」
「そうだ。孔明、そなたから口づけが欲しい」
いつもされるがままになっているそなたは、自分からこちらへ何かをした事がないので、一瞬躊躇してみせた。しかし、今のやりとりが効いているのか、半身を起こして素直に手を伸ばして顎に添えてきた。そうして、そっと口づけを落とすこの人は恐らく、相手に乞われれば、いつもこのようにしているのだろう。その想い人とやらにも。
「指を、舐めてくれないか」
また、少し躊躇った様子でこちらを見てきた。それに対して、こちらは静かに微笑むだけである。
手をとって、目を瞑りながらぎこちなく指を舐め始めた。慣れていない様子をみると、これは普段相手に施している訳ではなさそうだった。
「目を、開けて、私を見てほしい」
また、素直にその言葉とおりにこちらを見てきた。思わず口を指から離してしまったので、舐めたままで、と付け加えた。
眉根を寄せて、その舌を小さく出しながら指を舐めるそなたの目は、また格別だった。
それにしても、これはとんだ良い玩具を手に入れた。
こうして少しばかり示唆をしてみれば、ここまで従順にこちらの言う事を聞くとは。よほど、その想い人が大切とみえる。
「孔明」
「・・・」
「ずっと、傍にいてくれるのだろうな」
「・・・はい」
「あくまで、そなたは、私のものだ。それさえ忘れなければ、どこで何をしても、気にはしない」
「・・・」
「返事は」
「・・・はい」
そう返答をするそなたを強く抱き寄せて、小さく震えるその口を息ごと咥えた。切なく眉がひそめられた。
「決して、忘れるでないぞ」
首筋に口を落としていって、それから強く吸った。
漏れる吐息に、また何度でも酔いしれる。
何度でも。
だから、そなたとのやりとりに、どこまでも終わりが見えないのだ。
そう、どこまでも。

 

  

  

   
おわり

bottom of page