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なんとなしに、昼間

「ねえねえ!」

「なんですか?」
「口づけしていい?」
「良くないですね」
「ええ〜・・・。そこまではっきりさっぱり断らなくてもいいじゃない・・・」
「では、何故私がそこまであっさり断るのか、どれがその理由だと思われますか?その一、昼間だから。その二、人前だから。その三、陳震がなんとなくこちらを伺っているから」
「うーん、どれも合っている気がするし・・・、でもなんか足りなくない?」
「足りない、というのは?」
「その四があるんじゃない?」
「・・・どういう事ですか?」
「逆に質問。どういう事だと思う?」
「そうですね・・・、とりあえず、更に逆に聞きますが、貴方は今私が執務中だという事に気付いていらっしゃいますか?」
「うん」
「・・・清々しい返答ですね。ぜひ、下官の者達にも見習わせたい程です。その、返答の潔さだけは」
「そう?照れるねえ」
「照れずに、私の言葉の真意を汲んで頂きたいものです。是非とも」
「まあまあ。・・・で?どう思う?」
「・・・丞相としての立場があるから」
「うーん、近いようで遠回りだね。・・・いい?その四、恥ずかしいから」
「・・・」
「・・・でしょ?」
「それはそのとおりでしょう。昼間から、人前で、一国の丞相が直属の部下の前で、更に他の部下の男とのそういう姿を晒したら、人として恥じ入る余り、もはやこの部屋から二度と出られなくなる気がします」
「あーあ、そういう事じゃなくて!・・・ったくもう、照れると必ず口調が小難しくなるよね」
「事実を申したまでです」
「んー、もういいけどさ・・・。そういう所も可愛くてたまらないから」
「・・・」
「あ、照れた。赤くなった」
「いい加減にして下さい。本当に執務の邪魔です。・・・見なさい。陳震もこちらに近寄っていいのか悪いのか、先ほどから書簡を抱えたままうろうろしていますよ」
「はーい。まあ、確かに陳震殿をこれ以上困らせちゃうのは、ちょっとかわいそうかなあ」
「貴方という人は・・・。私はいくら困っても良いと」
「時には困らせてもいい仲なんだって、思ってるんだけど。・・・当たってる?」
「・・・間違ってはいません」
「もう、素直じゃないなあ。・・・まあ、そういう」
「ええ、分かりましたから、これ、どうせなら陳震に渡してから部屋を出ていって下さい。ちょうど今出来たものですから」
「ああもう、何だか不完全燃焼なんだけど・・・。最後まで言わせて欲しいなあ」
「貴方に付き合っていたら、時に疲れるんですよ」
「照れ疲れ?」
「そういう言葉に苛立ちを覚えて、疲れるのです。苛立ち疲れです」
「はあ、その苛立ちの原因は結局照れじゃないの?っていうと、また怒られそうだねえ」
「もう言ってますから、同じ事です」
「はあ、可愛い。・・・よし、言ってやった!ああ、すっきりしたあ」
「あと、私が何行文を書いたら出て行きますか?じゃあ、あと三行にしましょうか」
「うわ、早!書くの。分かった分かった!出て行きますよ。・・・今夜、行っていい?」
「・・・」
「無言は肯定のあかし。じゃあ、またねえ!」
「あ、・・・もう。さっさと出て行きましたね、意外にも・・・。まあ、別に騒がしいのがいなくなって良かったです」

  

   

「丞相」
「ああ、これは陳震、申し訳ありませんでした。世間話で貴方の執務の腰を折ってしまった」
「いえ・・・」
「・・・どうかしましたか?」
「その、驚きました」
「・・・?」
「馬岱殿とお話されている時って、大体、なんといいますか、微笑まれていますよね・・・」
「・・・気のせいだと思いますよ」
「・・・そう、ですかね?」
「そうです」
「・・・では、そういう事にしておきます」
「ええ、そういう事にしておいて下さい」

   

    

     

     
おわり

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