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深緋の欠片 

司馬懿は諸葛亮の頬を裏手で思い切り撲った。
寝台に座していた諸葛亮は抵抗もせずにそのまま張り倒された。
「貴様ほど可愛げがない奴は、本当に見た事がない」
乱れた寝台の布の隙間から覗く諸葛亮の目は、何を映すでもなくゆらりと彷徨ってから、静かに閉じられた。

 

 

どの夜も同じであった。
確かにはじめは諸葛亮は随分と抗った。力のままに暴れ回り、舌が乾くほど罵り続け、司馬懿を睨む目は隙あらばいつでもその首を絞めてやろうという憎しみで溢れていた。それを数人掛かりで押さえつけ、縛りつけ、黙るまで幾夜も追い込んだ。どれだけ痛めつけても涙だけは流さなかった。
そうして暫くすると、諸葛亮は一切抵抗をしなくなった。
何も言わず、声も上げず、目は開けていても何も見ることはなく、生きることも死ぬことも、怒ることも悲しむことも、憎むことも嘆くことも、この世に存在しうる全てのことを諦めたかのように見えた。外界を遮断して自分の中に避難しているのではない。痛みを感じることを拒んでいるのでもない。全てを、放棄してしまったように、それは見えた。抱いてもほんの僅かに眉をしかめるだけで何も反応を示さなかった。それこそ人形を抱いているようなものだった。
そろそろこいつは駄目か、と思っていた時にあることが起こった。
敵の細作が宮中で捕らえられたのだ。それだけであれば日常の光景であるが、実際は細作ではなく敵将であったということが後で分かった。更に驚いたのが、曹魏の中に彼の顔を知っている者がいるということだった。それもあって、彼は細作ではなく敵将なのだと判明したのだ。
拘束されて面前に引き据えられた将の顔に司馬懿自身見覚えはなかったが、その反抗的な目は誰かとそっくりであった。
「あれは、我らからの降将で、かつて諸葛亮の寵愛を受けていたようです」と耳元で囁く者があった。
確か前にそんな報告を聞いた覚えがあった。こちらから下った将が諸葛亮の近くで師事していると。
なるほどこいつが、と司馬懿はよくよくその顔を見た。
噛みついてきそうな荒々しい目だった。もしやこいつは、諸葛亮を取り戻そうとして単身敵国の宮中に忍び込んできたのだろうか。
そうだとしたら狂っている、と司馬懿は嘆息と共に思った。

 

    ​

司馬懿は寝所の扉を開けた。
その夜も、諸葛亮の様子は何も変わらなかった。
存在することを拒むように諸葛亮は寝台に横たわっていた。意志を失った腕はそこからはみ出していて、手がぶらりと宙に浮いていた。司馬懿はその手首を無造作に掴んで諸葛亮の半身を無理矢理起こさせた。うなだれている顎を掴み、顔を上げさせるといつもの色がない双眸がそこにあった。
ひとつ鼻で笑ってから司馬懿は「連れてこい」と声を張った。
常と違う様子の司馬懿に、さすがに諸葛亮もそちらに目を向けはしたが特段表情を変えることはしなかった。
寝所の外でなにやら揉み合う音が聞こえたあと、扉が乱暴に開けられた。そこにはふたりがかりで押さえつけられているひとりの男がいた。その男の衣服は乱れ、所々に撲たれたり縛られた傷があった。
司馬懿はその男の元へ歩み寄ってから髪を掴み、顔を上げさせた。
「覚えがあるか。この顔に」
無表情の諸葛亮は何の抵抗もなくそちらを向いた。その男は抗うことに必死で周囲が見えていないようであった。司馬懿が強く髪を掴んでいるせいか、男は痛そうに呻き声を漏らした。それを見た諸葛亮の顔には暫く見られなかった表情が浮かんできた。それは戸惑いであり、疑惑であった。
「どうやら知った顔か」
状況が飲み込めない様子で、そう言った司馬懿を一度見てから再度その男に目を向けた。
「・・・きょう、い」
長い間声を出していなかった喉は錆びついているらしく、まともな声が出せないようだが、しかしその口は確かにこの男の名前を知っている。
信じられないという目で見た先にいる司馬懿は、薄く笑った。
「麗しいではないか。こやつは貴様を探してはるばる成都から掴まりに来たらしいぞ」
司馬懿の言葉が耳に入ったのか、暴れていた姜維の動きが止まった。自分の周りを見てから、その正面にいる人が誰かを知って息を飲んだ。
「・・・丞相っ」
諸葛亮は絶句したままである。
「丞相、丞相っ」
姜維は今まで以上に狂ったように暴れ回った。どこにそんな力があるのか、先程までは自分を抑えていたふたりを振り回しかねないほどの力で諸葛亮に近付こうとしたのを見て、司馬懿はその首を両手で締めつけた。
「この馬鹿者っ。さっさとこいつを柱に縛りつけろ」
言われた兵達は慌てて姜維の両手首を後ろで縛り、そのまま柱にきつく括りつけた。兵達にはそこで下がらせた。姜維はまだ叫びながら悔しさをぶつけるようにして床が壊れるのではないかというほど踏み鳴らしていた。
「貴様、貴様まさか、ずっとこのように丞相を」
「見て分からぬか」
「司馬懿、司馬懿、貴様ほどの下衆は見たことがないぞ」
「そうか。それは狭い見識だな。貴様とその師匠とやらの器が知れるわ」
その言葉に唸る狼のような目を見せた姜維だったが、その悔しさを押さえ込んでから打って変わって静かに「丞相を離せ」と呟いた。
「貴様が私に命令出来る立場ではあるまい」
「離せ」
「くどいな」
「離せ」
「それでは、貴様は何が出来る。何を差し出せる。条件によっては考えてやらんでもない」
「何でもしよう。丞相を殺める以外のことならな」
それを聞いて諸葛亮は力なく首を横に振った。まだ調子が戻らない喉をしぼって「姜維、どうかやめてください」とか細く訴えた。
「何でもしよう、か。さて、何をさせようか」
司馬懿は諸葛亮に近付いてその顎を掴んで自分へ向かせた。久々に浮かぶ、恐れて小さく唇を震わせる顔がそこにあった。
「おい貴様。これが出来たら、諸葛亮を解放してやってもいい」
「二言はないな」
「まあな」
「内容を言え」
「貴様が諸葛亮を抱け。私の目の前でな」
その言葉に、一瞬何を言われたのか分からなかった姜維は呆然とした。
「聞こえなかったのか。貴様が抱けと言ったのだ」
「・・・貴様」
「無理ならばいい。私が抱けばいいだけのことだ。そこで見ていろ」
司馬懿は寝台に上がって、姜維に見えるように後ろから諸葛亮を抱きすくめた。普段であれば何も抵抗をしないところだが、姜維が目の前にいる為か諸葛亮は力の限り抗った。それでもこの痩せた細い腕でどれだけの抵抗ができるだろう。胸をまさぐられ首筋を舐められた諸葛亮はいやだ、と漏らしながら顔を背けた。
「やめろ」
震える声で姜維が請うた。
それを無視して司馬懿は舌を諸葛亮の肌に巡らせる。
「やめろと言っているんだ」
そこで司馬懿が顔を上げた。
「では、こちらの言うことを聞くか」
「・・・貴様が、こちらの条件をしかと聞くならばな」
「くどい。それに関しては先ほど言った通りだ」
その言葉に、姜維は力なく頷いてみせた。それを見て諸葛亮は悲しそうに目を伏せた。
司馬懿は寝台を降りて姜維の側に寄った。
「暴れてくれるなよ」
万が一姜維が暴れたとしても、外に歩哨は置いてあったし、何より事前に姜維を痛めつけておくように指示は出していた。特に足は、ひとりで大した移動は出来ないほどに、と。
姜維の縄を司馬懿は解いた。そこから動こうとしない姜維を強引に立たせてその背を寝台の方へ突き飛ばした。痛めつけられた足を引き摺るようにして彼は寝台へ向かった。
「姜維・・・」
「・・・丞相」
「・・・」
「丞相、どうか。どうか・・・お許し下さい」
「・・・姜維。やはり貴方が苦しむことはありません。司馬懿、この話は無しです。姜維を今すぐここから出して下さい」
そう言った諸葛亮を姜維は寝台に押し倒した。
「姜維・・・っ」
「申し訳ございません・・・。少しの、少しだけの辛抱ですから」
言い聞かせるように囁いてから諸葛亮の口元に手を添えた。その唇を開けさせる。何か言おうとした口をくわえるようにして塞いた。くぐもった声を漏らしながらもがいて彷徨った諸葛亮の手に指を絡ませながら寝台に押さえつけた。諸葛亮はしばらく身を捩って抵抗していたが、やがて諦めたようにその手を握り返した。
慈しみの口づけは深く施され、糸を引きながら口を離した姜維は涙が止まらないでいた。
「お許し下さい、丞相・・・」
「・・・」
「ああ、自分は・・・。あんな奴に丞相が抱かれてしまうくらいならば、いっそ、なんて・・・」
そう言ってまた姜維は諸葛亮に口づけた。そのまま手を身体に這わせ、下へと滑らせていく。眉根を寄せて鼻にかかったような声を出す諸葛亮を、側の壁に寄りかかりながら司馬懿は興味深そうに見ていた。
優しくそこを扱っていくと諸葛亮が喉を鳴らした。その自分の声に恥じたのか、咄嗟に背けた顔に姜維はいくつも唇を落とした。
諸葛亮は空いている方の手で姜維の袖を掴んだ。身を戦慄かせながら口を開けて浅く息を繰り返した。
「んっ・・・」
ふいに諸葛亮は胸を仰け反らせた。小さく震える諸葛亮の身体を姜維は深く抱きしめる。落ち着くまでそのままでいた姜維は身体を起こして諸葛亮の両膝を持って自分の肩に抱えた。
「あ、姜維・・・っ」
羞恥を覚える姿勢に思わず抵抗しようとした諸葛亮の手を取り、姜維はその指を優しく撫でた。
「すぐに、終りますから・・・」
ほぐす為にそっと指を入れていくと諸葛亮は身体を強張らせた。それを見た姜維は持っていた彼の手を強く握った。
しばらくして指を抜いた姜維は優しく自身を入れていった。
「ん、・・・うっ」
「ああ、丞相・・・。ごめんなさい・・・、ごめんなさい」
消え入りそうなその声に、諸葛亮は姜維の手を強く握り返した。
姜維が腰を動かすと、諸葛亮の噛み締めた口から喘ぎ声が漏れてきた。片手で口を抑えながら身体を捩った。大きく背を反らせて震える。しばらくしてから力を抜くようにして静かに息を繰り返す諸葛亮を姜維は揺らめく溜息と共に抱きしめた。流れ出る涙が諸葛亮の胸を濡らす。
それを見た司馬懿は「おい」と声を張った。
外から先程の兵達が入ってきた。

驚いた様子でそれを見ていた姜維が叫んだ。

「貴様、どういうつもりだ」
「こいつを柱にもう一度括りつけろ」
「おい、司馬懿」
暴れ狂う姜維を尻目に、司馬懿は諸葛亮の腕を掴んで半身を起こさせた。
「随分と、良さそうだったではないか」
「司馬懿、貴様。先ほどの言は何だ。それでも、名のある将か」
「何度も言わせるな。私に二言はない」
「だったら」
「当然だ。解放してやるさ。こいつが、死んだ時にはな」
「・・・な」
目を見張った姜維を一瞥して司馬懿は笑った。
「感謝せよ。曲がりなりにも蜀漢の元丞相であらせられるからな。棺は安くせぬよ」
その言葉に、もはや想いがまともに形にならないのか、獣のような呻き声を出す姜維を見て「そいつの口をふさげ」と兵卒に告げた。狂犬のように暴れる姜維に兵卒はふたりがかりで猿ぐつわを噛ませてから寝所を出ていった。
それを見てから司馬懿は諸葛亮の後ろから腰へ手を回して深く抱き寄せた。先ほど同じく姜維に諸葛亮の顔が見えるようにして背後から抱きすくめる。
それを見た姜維が顔を背けた。
「背けるな。目も閉じるな。貴様がそうすれば更にこいつを痛めつけるぞ」
姜維はどうすればいいのか分からずに逡巡しているように見えた。
「いいんだな」
そう言うと、姜維は司馬懿を呪い殺すかの如く睨みつけた。
司馬懿は抗う諸葛亮の足に自分の足を絡ませて大きく開かせた。首筋を音が立つようにして吸うと微かに息を漏らした。脇の下から胸前へ腕を回して抵抗を押さえつける。下へと手を伸ばしてそれを触ると僅かに身体を捩らせた。
向こうでは姜維が呻き声を上げながらなんとか縄を解こうと暴れていた。
先ほど姜維がそうやっていたように、優しく指を動かすと食いしばった口から淡い息が零れてきた。決して強くはせず、微かにでも身体を震わせればその手を止めて、落ち着いてからまたそっとそれを指で撫でた。あまりにも柔らか過ぎる愛撫に、諸葛亮はいきたくてもいくことが出来ない。その生殺しのような刺激に諸葛亮は声を震わせた。
「そう善がるな・・・。これがよいのならば、もっとしてやろうか」
首を横に振る諸葛亮に司馬懿は笑って言った。
「ならば、どうして欲しい」
「・・・や、もうっ」
「聞こえないが」
そう囁いて司馬懿は花でも愛でるように人差し指の先で優しく撫でた。
諸葛亮は気が触れたように頭を司馬懿の喉元に擦りつけた。荒く息を繰り返す。
「もう・・・っ」
「なんだ、諸葛亮」
「い、いかせて・・・」
「なんだ。貴様も素直になれるなじゃないか。知らなかったぞ」
「ん・・・」
「しかし言葉遣いがなってないな」
人差し指と親指でゆっくりと撫で上げると、ああっと声をあげながら頭を仰け反らせた。
「いかせて、くだ、・・・さい」
「良い子だ」
司馬懿は愛撫をしていたそこから手を引いて、かわりにその腰を掴んだ。戸惑う諸葛亮を気にせず司馬懿は自身を強引に入れた。
「・・・っ、やっ」
まだ熱を解放されていない諸葛亮は切なげに啼いた。力が入らず身体が前に崩れそうになるのを司馬懿が後ろから肘を掴んで起こさせた。その反動で諸葛亮は前を見た。そこには、涙を流しながらこちらを見ている姜維の虚ろな目があった。
「あ・・・、い、いやですっ」
司馬懿は自分の熱をぶつけるようにして激しく腰を動かした。もはや殆どの理性を奪われた諸葛亮は、その口から漏れてくるままに喘いだ。
「もう・・・っ」
許してください。
そう呟いた諸葛亮が大きく震えたあと、司馬懿も背を仰け反らせて低く声を漏らした。

 

   

あれから司馬懿は何度も姜維の前で諸葛亮を抱いた。姜維の暴れ方は凄まじく、決して折れることはないと分かっていながらも、柱が根から引き抜かれそうな恐ろしさを感じるさせるほどであった。
あとの方はよく覚えていない。
ふと目を覚ますと、司馬懿は寝台で乱れた袍のまま自分が寝ていたことを知った。外を見れば明るかった。いつの間にか朝を迎えているようだった。
周りを見渡すと柱に括られている姜維が気を失っていた。
司馬懿は、気絶するまで激情を走らせ怒り狂うことができる人間をはじめて見た気がした。常であれば、気を失う前に怒る気力が尽きてしまうのだ。
諸葛亮は、と首をまわした時に陶器が割れる鋭い音が寝所に響いた。
驚いてそちらを向くと、いつの間に起きていたのか諸葛亮が飾ってあった花瓶を壁に叩きつけたらしかった。
割れた破片を見て司馬懿は思わず身構えた。それを持って襲ってくるかと思ったからだ。しかし予想に反して諸葛亮は姜維の方へと向かっていった。その様子を見て司馬懿も寝台から急いで降りた。
縄を断つのかと思われたが、腕の振りかざし方でそれは違うと司馬懿は直感で思った。無言で振り下ろそうとしたその手首を掴んでそのまま諸葛亮を壁に押さえつけた。
諸葛亮は、泣いていた。
荒く息を吐きながら瞬きもせずに、司馬懿を睨みつけて涙を流し続けた。花瓶の欠片を握りしめている手からは生温い血が垂れてきてこちらの手を濡らした。
司馬懿は、諸葛亮が何をするつもりだったか知った。
「・・・師弟共々麗しいな。愚かしいほどに」
「・・・」
腕を振りほどこうと諸葛亮が抗いながら呻いた。
「殺して、楽にしてやるつもりだったか」
司馬懿は手首を掴んだまま一度壁から離して、それから再度強く叩き付けた。壁に小さく血が跳ねる。その衝撃で手を痺れさせたのか、諸葛亮は持っていた破片を落とした。
「・・・何を、何をしたか知りませんが、あの様子だと、この子はもう以前のようには歩けないでしょうね」
「だろうな」
「私だけであれば、どこまでもその屈辱に耐えましょう。生きながらえている限り、必ずや道はあるはず。しかしそれも、これまでです」
そう吐き捨てた諸葛亮の唇を司馬懿はわざと音を立てて吸った。
「偉そうな口を叩くな。もはや貴様に、人を楽に出来る権利があると思うな。勿論、自分を楽にする権利もな」
諸葛亮が自分の舌を噛むことが出来ないように、その口の深くまで親指を入れてこじ開けさせた。力の限りそれを噛んでくる為に指の付根には血が滲んだ。
「よく聞け。貴様が自分の舌を噛み切って死んでみろ。貴様の亡骸の前でこいつの爪をひとつひとつ剥いでその激痛で叫び続けさせてやろう。貴様が私の舌を噛み切ってみせろ。貴様の目の前でこいつの手足をひとつひとつ切り落としてやろう。死ぬことも、私を殺すことも、逃げることも許さぬ。これから与える全て委細漏らさず私の言うことを聞け」
「・・・」
「私に誓いの口づけを」
「・・・」
「従え。先ほどの言葉が理解出来たならばな」
その言葉に、諸葛亮は司馬懿を乱暴に抱き寄せてその口を吸った。自ら舌を入れて相手のものに絡ませる。そうしていると司馬懿が諸葛亮の頭に手を入れて逃げられないようにした。喉の方まで舐めようとするほどに深く口を犯してから、顔を離した。
諸葛亮の濡れた唇を指で拭いながら司馬懿は言った。
「なんだ。貴様も少しは可愛くなれるではないか」
その言葉に諸葛亮は司馬懿の横っ面を叩いた。頬が諸葛亮の血で赤く塗られた。
「・・・貴様、逆らうのはこれで最後だぞ」
袖で血を拭いながら司馬懿が諸葛亮を睨んだ。そうしていると、ふたりのやりとりで気絶していた姜維が目を覚ましたらしく、足元で何やら叫び出した。そちらに気を取られた諸葛亮の顔を思い切り殴り飛ばしてから外に控えている歩哨を呼びつけて姜維を外に連れ出させた。
「次逆らったならば問答無用であいつの手を落とす。覚えておけ」
そう告げて嫌がる諸葛亮の口を吸った。他の歩哨を呼んだ。
「こいつをこの部屋のどこかに縛りつけておけ。猿ぐつわも忘れるな」
花瓶の破片はすべて捨てておくように、とも念を押した。
歩哨達に掴まれて押さえつけられる諸葛亮を見下ろして司馬懿は「良い眺めだ」と笑ってから寝所を出た。
乱れた袍と髪を適当に直しながら廊下を歩いていると、文官達が書簡を持って寄ってきた。もう執務の時間だった。
「早朝より大変申し訳ございませんが、こちらに急ぎお目通しいただきたく」
渡された書簡の封を歩きながら切っていると遠くから、死んでしまえと乾いた叫び声が聞こえてきた。
「編成の件だな。分かった。昼前に一度私の元へ来い。それまでに仕上げておく」
「ありがとうございます」
下がったその文官を見てから司馬懿は空に目を向けた。
「底抜けの青空だな。気持ちが良い」
左様でございますな、と受け答えた他の文官が寄越してきた書簡に目を通しながら司馬懿は歩みを止めず執務室へと向かっていった。
「私の執務室へ水を。顔を洗いたい。それと着替えもな」
かしこまりました、と文官が頭を下げた。
一日の、始まりであった。

  

  

 

    
おわり

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