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【速報】諸葛亮が子供に戻りました

朝の鍛錬が終わった劉備殿、趙雲殿、若とそれを見ていた劉禅様が中庭に集まって雑談をしていた。
今日のそれぞれの予定だとか、陣形についての議論だとか、今夜はどうするだとかそういう他愛もない雑談である。
そうしているうちに、突然誰かの驚いた声があたりに響いた。

  

 

「・・・今、声が」
「この声は、姜維殿・・・?」
「諸葛亮殿の執務室あたりから聞こえたような気がしましたが・・・」

   

  

お互い顔を見合わせて訝りながらぞろぞろと諸葛亮殿の執務室へ行ってみた。
「なにか、あった?大丈夫?」
そう言いながら入っていくと、姜維殿が腰を抜かして床に座っていた。
「え!?どうしたの!?何があったの?」
他のみんなも「どうしたどうした」と執務室に入ってきた。
姜維殿が執務机の方を指差した。
「・・・あ、あれは・・・」
どうやら、あまりにも驚いて言葉にならないらしい。「ああ」とか「うう」とか呻き声ばかり上げているので埒があかず、自分で確認する事にした。
執務机には誰も座っていないのだが・・・と思って覗き込んでみると、そこにはどうやら諸葛亮殿がいつも着ている衣服が床に投げ捨ててあった。
「な、なんで服だけがここに・・・?」
まさか、諸葛亮殿が素っ裸でそのあたりをうろついている訳でもあるまいし、この投げ捨てられた衣服の意味を考えていると急にそれがもぞもぞと動き出した。
「え!?」
驚いて見ていると、衣服の中から五、六歳位の子供が顔を出した。
「ええっ!??」
俺の後ろから覗き込んでいたみんなも「は!?」「どういう事だ!?」と状況が飲み込めずにいた。
ま、まさか諸葛亮殿の隠し子ではないよね・・・と半信半疑で名前を聞いてみる事にした。
「・・・、そのボク、名は何て言うのかな?」
「・・・」
子供独特の曇りのない双眸でじっとこっちを見つめてきた。立とうとして、自分が服を着ていない事に気付いた彼は、首を傾げてからとりあえず傍にあった諸葛亮殿の服を自分の身体に羽織って答えた。
「姓は諸葛、諱は亮です」
姓は諸葛、と言われた瞬間「やっばいもの見ちゃった!!」と思ったのだが、その次の、諱は亮、と聞いた所で「・・・は?」となった。これは当然みんなも同様だ。
「・・・これ、丞相の隠し子で、非嫡子だから本当の名を与えてない、とかじゃ、ないですよね・・・」
「いや、どうだろうな・・・。ねえ、その、亮君。君はどこから来たのかな?」
劉備殿が恐る恐る聞いてみた。
「琅邪郡陽都です」
「・・・君のお父さんの名は、なんていうのかな?」
「諸葛珪と申します」
「・・・・・・君にお兄さんはいるかな?いるとしたら、なんていうの?」
「います。諸葛瑾と申します」
「・・・」
彼の回答に、一同押し黙った。
「・・・信じられない事に、この子供、もしかして丞相その人なのでは・・・」
「もしくは、そう思えるように回答を仕込んであるかのどっちかだよね」
「さすがにそれはないと思うが・・・。万が一、諸葛亮殿の隠し子だったとして、こんな馬鹿げた回答仕込むか?俺だったら、全然関係ない回答にするね。もしくは親戚の子供設定にするとか」
「あ、それもそうですね・・・」
一体どういう原理作用が働いたのかは到底知る由もないが、信じられない事に、どうやら諸葛亮殿が子供に戻ってしまったらしい・・・。こ、この先、この国どうしていけばいいの・・・?と思いながら彼の顔を眺めていると、確かに諸葛亮殿の面影があった。目は大きくて今の雰囲気とは違うが、利発そうな、意志が強そうな気配はそっくりだ。唇は薄く、これまた子供ながらに知性的な様子を醸し出していた。
そうかあ、これが諸葛亮殿の子供の頃なのかあ、と思うとなんだか不思議であった。
そこに劉備殿が両手を開いてしゃがんでみせた。
「これが孔明の子供の頃かあ・・・!可愛いではないか!よし、孔明、こちらに来なさい」
そう言ってみたものの、子供の諸葛亮殿はきょとんとしてしまった。
「・・・こうめい?」
「あれ、お前は孔明ではないのか・・・?」
「・・・あ!劉備殿。多分、まだ字をもらってないんですよ!」
「ああ・・・!成る程な!確かにこの歳じゃ、まだない筈だ・・・」
「という事は、記憶まで完全に五、六歳の頃に戻っている訳か・・・」
「そういう事か・・・。分かった。ほら、亮、こちらにおいで」
そう言って、劉備殿独特の人徳スマイルを放てば大体の人は引っかかるのだった。彼も例外ではなかった。
大き過ぎてダボダボな服を引きずりながらそろりそろりと行くと、劉備殿が思い切り抱きしめて頬ずりをした。
そうされた諸葛亮殿は、照れた様子を見せながらも明るく笑ってみせた。
「・・・なんだこれ」
誰かが呟いた。
「くそ可愛いぞ・・・」
「いつもの諸葛亮殿からは考えられない素直さ&無邪気っぷり・・・」 
確かに、屈託なく笑うこの子供からは諸葛亮殿の面影もちらほら見える為に、余計に、なんというか、そのギャップに胸をぎゅっと掴まれたのは、自分でも否定しない。
俺も抱きしめてみたいなあと思っていると、なにやら後ろの方で誰かがこそこそと退室しようとしていたのが見えた。

「・・・姜維殿・・・?」

俺の呟いた声にみんながそっちの方を振り返った。
当の姜維殿はこちらへ顔を見せずに「あ、どうぞお気にせず」ともそもそ言って執務室を出て行こうとした所を若に手を掴まれた。
その反動で身体がこちらに向いたのだが、どうしてこそこそ退室しようとしていたのかが分かった。
「・・・姜維殿...、鼻血・・・」
「い、言わないで下さい・・・!」
「どこへ行くつもりだ」
「ど、どこだっていいじゃないですか・・・!」
そうやって揉み合っている間に、劉禅様が諸葛亮殿に何か耳打ちをしていた。
嫌な予感がする。
劉禅様から何かを聞いた諸葛亮殿はひとつ頷いてから、姜維殿の元へ行った。
「丞相・・・」
足下に来た諸葛亮殿を思わずそう呼んだ姜維殿に若が茶化しながら言った。
「その子は今、丞相でも孔明殿でもないぞ。ちゃんと亮と呼んでやれよ」
「な・・・!よ、そ、そんな、呼べる訳ないじゃないですか!!じょ、丞相の事を、そんな諱で呼び捨てになんて出来ませんよ・・・!!」
狼狽しまくった姜維殿を見て、諸葛亮殿が不安そうな顔をして呟いた。
「・・・伯約は、私のこと、嫌いなのですか・・・?」
「な!・・・私の字を、ど、どこで!?」
なるほど。さっき劉禅様が耳打ちしていたのは姜維殿の字だったのか。
字で呼ばれるわ、「嫌いなのですか?」と上目遣いで聞かれるわ、既にキャパオーバー気味の姜維殿に対して諸葛亮殿が手招いた。意味が分からず、とりあえずしゃがんだ姜維殿の鼻を諸葛亮殿が手でそっと拭ってから「伯約、大丈夫?痛い?」と心配そうな顔で覗き込んだ。
それを見た瞬間、直感で「やばい」と思ったのだが、予想通り完全にキャパがぶっとんでしまった姜維殿はふらりと身体を揺らしてから、そのまま気を失って床に倒れてしまった。
「・・・不憫だ・・・」
「しかし、あの可愛さ、もはや兵器になるな」
「万が一このまま諸葛亮殿が元に戻らなかったら、誰かこの子を司馬懿のところへ連れて行けよ。多分、それで蜀勝てるぞ」
「このまま諸葛亮殿が元に戻らなかったら、先に蜀が滅びる可能性の方が高いけどね・・・」
「言うな、それを」
急に気絶してしまった姜維に対してうろたえている諸葛亮殿に劉禅様がきっぱりと言った。
「放っておきなさい。問題ないから」
・・・姜維殿、かわいそうに。
「ねえ、父上。もしこのまま孔明が戻らなかったら、ぜひ私の弟にしたいと思うのですが」
「だめだ。孔明は私の子供にする」
「・・・殿、それ同じ事ですよ」
「決まりましたね。・・・おいで、亮。私が色々と教えてあげよう。貴方は私の弟なのだから、毎日一緒の牀で寝よう。異存ないな」
聞いていいものかどうか迷ったけど、一応聞いてみる事にした。
「・・・色々って、そのう・・・?」
「無粋な質問じゃないか。色々とは色々、だ」
これ以上聞くのは怖くなってきたので、詮索はそこで止めておいた。
「おいで、亮」
そう言った劉禅様の方へ諸葛亮殿が素直に近付いて行った。彼の小さな顎を優しく掴み、そっと口を落とした。
「ちょ、おまっ、阿斗、何をやっているのだ!?」
「何って、単なる挨拶ですよ。兄から弟への」
「するか?普通。兄から弟へするか、そういう挨拶?私はしないと思う」
「父上の時代はそうだったかも知れませんが、最近ではこういう挨拶も流行っているのですよ。ご存知ありませんか?」
「ない。断じてない」
なにやら親子二人で揉め出したぞ。また諸葛亮殿がおろおろと二人の間で戸惑った様子を見せていた。
そこに声を掛けたのは子守りが第二の職務趙雲殿である。
「亮君、心配しないで。・・・その、お母さんの所に帰りたいかい?」
聞いてみたものの、もし「帰りたい」と言われても彼の母はとっくに他界してしまっている。万が一このまま諸葛亮殿が戻らなかったら完全に孤児となっていまう。そうなれば本格的に殿の子供として育てて行く事になるのだろうか・・・。
そう考えるとこれからの様々な事に対して心配が出てきた。
気付いたら知らない場所にいて、知らない人達に囲まれていて・・・。不安で仕方がないだろうに。
趙雲殿の問いに彼は顔を横に振った。
「・・・いえ。亮はもう大人ですから・・・。大丈夫です」
・・・明らかに強がってるよ、この子・・・。裏を返せば母恋しいのである。当然だった。
「そうか・・・。亮君は強いんだな」
趙雲殿は諸葛亮殿の頭を撫でてあげた。それに照れた様子を見せる。
手を離そうとした趙雲殿の手を、彼が咄嗟に掴んだ。
「その、趙雲殿は馬によくお乗りになるのですか?」
「ああ。・・・よく手綱だこに気付いたね。そうだ。亮君も馬に乗りたいのかい?」
そう聞いた趙雲殿に対して諸葛亮殿の表情がきらきらと明るくなった。
「はい!亮は馬が好きです。かっこいいですから!」
屈託なく笑って趙雲殿の手を憧れのように見つめた。
・・・くっそ。まじ可愛い。なにこれ。勘弁して。
そう思いながら趙雲殿を見ると、これまた先程の姜維殿と同じような体勢になっていた。
「・・・もしかして、趙雲殿・・・」
「言ってくれるな」
もそもそ答えてから、趙雲殿はそっとその場を離れて行った。
「なんだ、趙雲も脱落か。まあ、気持ちは分からなくないが・・・」
そう言って近付いてきたのは若だった。
「亮。俺が抱き上げてやろう。ほら、来るがいい」
手を広げてみせるが、諸葛亮殿は近付こうとしなかった。
「・・・若、多分怖いんだよ。その鎧とか雰囲気とか諸々」
「あ、いえ!決して怖くはありません!・・・ですが、今は大丈夫ですから・・・」
・・・子供に気を遣わせちゃってるよ・・・。
「いいから、おいで」
と言って、半ば強引に抱き上げようとした若の手をすり抜けてこちらの足に抱きついてきた。
いやだいやだと言うふうに顔を横に振った。
「ほら、若がそうやってするから、完全に怖がっちゃったじゃない」
その言葉に悪びれもせず、若はただただ首をすくめただけだった。
いきなり知らない場所で知らない大人達に囲まれれば誰だって怖いだろうに・・・。
そう思って、出来るだけ恐怖心を解かせるようにとびきりの笑顔で言った。
「大丈夫!俺がついていてあげるからね!!怖かったらいつでも言うんだよ!」
しゃがんで緊張を和らげる為に彼の頬を両手で挟んで思いっきり笑ってあげた。
そうすると、彼も無邪気な子供の顔に戻って笑ってみせた。
「ありがとうございます。・・・その、すみません・・・」
「あ、ああ!俺は馬岱っていうんだ。よろしくね!!」
「ああ、馬岱!ありがとう!」
そう言ってこちらの首元に抱きついてきた。そして子供がよく親などにする感じで俺の頬に軽い口づけもしてくれた。
くっそ、マジでほんとに可愛い。このまま攫っていきたい。
「こちらこそありがとう!なんだかおじさん嬉しくなっちゃったな!」
「ほんと?それなら、もっとしてあげますね!」
こちらの顎にちっさい手を添えて、今度はさっきより長々と口づけをくれた。
・・・ああ、ちょっと本気でマズくなってきた。
正直、そろそろ自分も姜維殿や趙雲殿の二の舞になりそうだ・・・。
この可愛さに耐えられない。この衝動を和らげる為に、なんか近くにある物を破壊して回りたい。
冷静さを保つ為に憎き曹操の事を考えてみたりした。・・・うん。思ったより気持ちが落ち着いてきて、自分でもびっくりしたよ。ほんと。
とか考えていると、後ろからドスのきいた低い声が聞こえてきた。
「馬岱。いい度胸ではないか。誰か私の剣を持って参れ。今から馬岱を成敗してくれよう」
嫉妬に顔を赤くした劉備殿がそこにいた。
「ええ!?ちょ、殿!?」
「問答無用」
こわっ!!目が完全に任侠者だった頃のそれに戻ってるよ!!怖過ぎだから!!
そうして揉みあっている内に、ひょっこりと顔を出したのは龐統殿だった。

  

   

「なんだか騒がしいと思って来てみれば・・・。何だい、その子供は・・・?」

「龐統殿・・・」
信じてもらえないだろうと思いつつ、事の経緯を彼に説明した。
「ああ!これでやっと分かったよ!!これは間違いなく、本物の孔明さ」
「え、ええ!?ど、どういう事ですか!?」
周りのみんなも驚いた様子で龐統殿を見つめた。
「いや、なに、あっしは少し薬の研究をしていたんだよ。子供に戻る薬をね」
「それまた、どうして・・・?」
「もし姿が子供に戻れば敵状視察も簡単になるだろうと思ってね」
「それはそうですが・・・」
「それで一応試作品が出来たから、まずは自分で試そうとしたんだが、薬を入れた茶と他の茶を恐らく従者が間違えて持っていってしまったんだろうよ」
「それを諸葛亮殿が飲んでしまったと・・・」
「それなら、龐統先生、この薬の効き目はいつまでなんです?戻るんですよね?」
「勿論さ。今回は早く戻る様に量を大分減らしたから、そうさね、しばらく経たないうちに戻るよ」
よかった・・・。このままだったら確実に蜀は滅びてたよ・・・。
「それにしても恐ろしいものを作りますね・・・。ちなみに、これは成功なんですよね?」
「まさか。話を聞いたら、記憶まで戻っちまったというじゃないか。それなら、そこいらにいる子供を敵状視察に使うのとなんら変わりないさね。記憶を保ったまま身体だけ小さくしたいんだが、いかんせん難しくてね・・・」
いや、これだけでも充分すごいと思う・・・。
「なるほど・・・。安心しました」
そうしているうちに、諸葛亮殿が疲れたのか、自分の腕のなかで舟を漕ぎはじめた。
床にあぐらをかいてそこに寝かせてやった。
安らかな、穏やかな、今であれば決して見る事が出来ない、その寝顔。
無邪気で、無垢で、屈託がない。
誰でも初めはそうであったに違いない。
しかし、この子供はそれから多くの苦難苦境に立たされて、いつしか軍師になり一国の丞相となり、様々な重圧をその双肩に乗せなければならないのか、と思うとなんだか不憫に思えなくもなかった。
すやすやと寝息を立てる彼の頭をそっと撫でる。
「あっしが孔明と初めて会ったのは確か、彼が十六、七位だったかね。こうして見てみると、少しだけ面影があるね」
龐統殿が覗きながら笑った。
それからしばらくの間、みんなが諸葛亮殿の寝顔を見守りながら他愛もない歓談をした。

  

   

少しすると龐統殿の言ったとおり、成長を極端に早めたような摩訶不思議な様子でいつもの諸葛亮殿に戻っていった。
「おお・・・!!良かった良かった!!戻った〜!」
「・・・ば、馬岱殿!?なぜ、私が貴方の膝に?・・・というか、なぜ服が?」
当然状況が把握出来ない彼にみんなどうやって説明しようかと思っている時、ちょうど姜維殿が目を覚ました。
「・・・!丞相!!ああ、良かった!お戻りになって!」
そう言った後に、諸葛亮殿の服がはだけている様子に気付いたらしい。
肩や背を見せて戸惑っている様子の彼は、ある意味充分危険だった。
姜維は顔を赤くした後、再度ふらりと身体を揺らして気絶してしまった。
またしても不憫。血は足りているだろうか。
「きょ、姜維!?大丈夫ですか?な、なぜ・・・!?」
「と、とにかく君は一度服をちゃんとした方がいい。説明は後でするから」
「・・・そ、そうですか。分かりました」
そう言ってみんな一旦執務室を出た。
「とにかく、戻って良かった良かった」
と無事を喜んでいるなか、また低い声が聞こえてきた。

  

  

「まあ、馬岱、お前だけは絶対許さないがな」

 

  

・・・怖い。怖過ぎる。
そして、なんとなく劉備殿の後ろにいる彼のご子息からも同じようなオーラを感じて身体が寒くなった。
どうにかしてくれよ、この親子。

  

  

これからの身の処し方を考えながら、天井を眺めて思わずひとつ溜息をついたのだった。

 

  

   

   
おわり

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