top of page

酔っぱらいたち

やはりどこも戦が終わったあとは盛大な宴になるものだ。

   

 

「今宵は無礼講だそ。みんなどんどん飲め!」
「何を、兄者。いつも無礼講じゃねえか」
劉備の言葉に張飛が野次を入れた。それに笑う蜀陣営の人間達。
披露された美酒に、数々の膳に、美しい芸妓達に、面白おかしい芸人団。
喧噪にも酔いそうな、そんな騒がしい宴は始まった時から、どんどん勢いがついていった。
「もっと飲めよ」
「そっちがもっと飲みなよ」
「でも、あの時の兄者はすごかった」
「しかし、やはり関羽殿だ。むしろ敵兵が哀れだったよ」
お互いがお互いに酌をして、雑談に華を咲かせて何度も笑い合う。
そんな中、ひとりだけ静かな人間がいた。
いつもはもう少し宴の際には話をしたり、挨拶にまわったりするこの人間だが、今日は何か殊更調子が悪いらしい。口元に手をあてて、じっとしていた。
その様子に気付いて近寄ったのは姜維であった。
「・・・丞相、どうされましたか。どこか、お加減でも・・・?」
「ああ、姜維・・・。いえ、なんでしょう・・・。いつもはこの量で酔う事はないのですが・・・」
「きっと、お疲れなんだと思います。・・・丞相、宜しければ肩を貸しますので」
「ええ、助かります」
姜維はぐったりとしている諸葛亮の肩を抱き寄せて自分の方へと寄りかからせた。息を整える為に漏らした吐息についつい耳が集中してしまう。こんな素直にこちらへ身を預ける丞相なんて普段お目にかかれるものではない。顔も少し赤く、辛そうに寄せた眉に思わず己の胸が苦しくなってしまうのだった。
(ああ、なんて美しいのだろうか・・・)
心中切ない気持ちで満たされていた姜維の元へ劉禅がやってきた。
「おや。孔明がつぶれておる。姜維、そなた無理に飲ませたのか?酷い人だ」
「いえいえ!劉禅様、それは誤解です!私はただ、介抱しているだけです」
「そうなのか。しかし、孔明が珍しいな。・・・どれ」
そう言って劉禅は傍にあった茶を口に含んだ後、諸葛亮の顎に手を添えて唇を合わせた。そのまま口移しで茶を飲ませる。
「な・・・!ちょ、劉禅様!」
目前の光景に驚く姜維を尻目に劉禅は更に深く口付けた。流石に諸葛亮が腕を張って抵抗するが、とにかく力が出ない。それを見た姜維が劉禅を引きはがそうと腰を上げかけた時にはあっさりと離れていった。
「いつ合わせても、そなたの唇はいいものだな」
「え、い、いつ、いつも?」
「・・・お戯れが過ぎます、劉禅様。あまり、姜維をからかわないようになさってくださいませ・・・」
「ふふ。別にからかっている訳ではない。・・・姜維、どうした。随分とこちらを見つめるではないか。お前も口づけが欲しいのか?」
「い、いえ!」
そのやりとりに、思わず諸葛亮が溜息を漏らした。それを笑った劉禅は一度諸葛亮の口元を指でなぞり「まあ、しっかり介抱に勤めよ」と姜維に言ってからその場を去っていった。
あまりにも訳が分からない状況にぼんやりとしてしまった姜維だが、入れ替わるように来たのは正に今の人の父、劉備だった。
「・・・今、阿斗がここにいたが。・・・なにも、無かったか?」
「ええと・・・」
いきなり聞かれた質問にどう応えたものかと思いあぐねていると、諸葛亮がきっぱりと言った。
「何もありません」
「・・・そうであれば良いが。それにしても孔明、お主大丈夫か・・・?随分と珍しいではないか。まだこんな宵の口だというのに」
「大事ありません。恐らく、疲れが取れ切ってなかった所に酒を入れたのがいけなかったのでしょう。どうか、お心安く・・・」
そう強がっておきながらも、やはり具合はよくない様で一筋汗が頬を濡らし顎先から垂れていった。
それを見た劉備は、周囲を確認した。
「とりあえず、壁際に寄ろう。ここでは目立ってしまうし、踊りの邪魔にもなる」
そう言って、劉備は諸葛亮の腕を掴んでゆっくりと立たせた。
「歩けるか?歩けないようであれば抱えていってやろうか」
「それは・・・。恐らく、歩けます」
劉備が腕をつかんで支えているのだが、劉備にぶつかってしまったり、不意に反対方向へ崩れそうになったりしていて、これはまた随分と回っているなという状態だった。
「孔明」
「殿・・・。申し訳ありません」
自分の身体を支える為にしっかりと両腕でこちらの腕を掴んできた。涙目のような目元ですまなそうに見つめられると、あまりにも照れてしまって思わず顔を背けてしまった。
(勘弁して欲しいものだ・・・。頼むから、そういう顔で他の者にすがらないでくれ。心臓に悪い)
姜維も心配そうについて来たが「せっかくの宴だ。介抱だけではつまらないだろう。孔明は私が看ておくから」と言って宴に戻させた。
壁に背を預けてふたりで座った。
「それにしても、お主はいつも頑張り過ぎだ」
「・・・」
「今の様に、もっと甘てくれてもいいものを」
「・・・勿体ないお言葉です・・・」
そう言った諸葛亮の頭を優しく撫でた。そうすると照れたような、しかしどこか幸せそうな穏やかな表情になった。それを見ているとどうにも愛おしくなってしまって劉備は諸葛亮の頭を自分の胸元へ預けさせた。しばらくそうしていると、静かに諸葛亮が寝息を立て始めた。
「いつも、頼ってばかりですまない・・・」
諸葛亮の頭にそっと口づけを落とした所に、趙雲がやってきた。
「殿、こちらでしたか。張飛殿が随分と殿を探していらっしゃいましたよ」
ふと宴の中心を見てみると「兄者ー!どこに行ったんだ!?一緒に飲もうぜ!」と盃に注いだ酒をあたりにまき散らしながら騒いでいる張飛が見えた。
「・・・ああなってしまうと皆の手には負えなくなってくるな・・・。仕方が無い、行こう。趙雲、悪いが孔明を頼む。起こさないようにな」
「承知致しました」
そっと劉備と入れ替わる様に諸葛亮の隣に座った。出来るだけ起こさないように気をつけたのだが、やはり動かしたせいか、その際に起きてしまったようだ。僅かに目を開けてぼんやりとどこでもなく見ていた。
その目がふと、こちらを見てきた。しかしどこか焦点は合っていなく、まだ半分夢の中にいるような様子だった。
「軍師殿。殿と替わりました。ゆっくりお休みになっていて下さい」
その言葉に少し首を傾げた。不意に諸葛亮が趙雲の顎に手を添えた。そのままごく自然に顔を寄せてその口を吸う。
あまりの事に驚いた趙雲は固まってしまった。構わず、更に口付けを深めるが、ふと離した。
「ぐ、軍師殿・・・。一体、なぜ」
「・・・」
寝ぼけているのか酔いが醒めていないのか、やはり曖昧な様子の諸葛亮は、なにか納得がいっていないような様子でまた首を傾げた。身体が重いのか、趙雲の首筋に両腕を回そうとしたその時、慌てて誰かがこちらに寄ってくるのが分かった。
「ちょ、マジたんま!!待って、落ち着いて!」
急いでこちらに来たのは馬岱であった。
恐らく本人が一番落ち着いた方が良いのではないだろうか。
「・・・どうして馬岱殿がそんなに慌てていらっしゃるのです」
「え、まあ、いいじゃない!あ、ちょっと君、こっち向いてよ!」
寝ぼけて趙雲の首筋に抱きついたままの諸葛亮を引きはがして自分の方へ抱き寄せた。
「ホントね、この人、酔っぱらうとなんか酒癖?が悪いみたいで、今みたいな事になっちゃうらしいから、気をつけた方がいいらしいよ」
「・・・はあ、そうですか」
「俺は、若の介抱に慣れてるからね!だから、俺が看てあげるよ。趙雲殿は宴戻りなよ」
「・・・そうですか。まあ、それでしたら」
なんだか納得しきれていない趙雲を強引に宴に戻させた。
「ホント、遠くから見ててびっくりしたよ・・・。まさか、君、酔っぱらうと誰構わずああなっちゃう訳・・・?」
「・・・馬岱殿・・・?」
「そうだよ。俺だよ。ホント、止めてよね、ああいうの」
「・・・私、何かしましたか?」
「・・・覚えてないならいいよ・・・。どうせ今説教しても忘れちゃうだろうし。それにしても、珍しいね。君がここまで酔うなんて」
そう言いながら馬岱は諸葛亮を深く抱き寄せて、その腰のあたりをゆっくり撫でた。思わず身をよじりそうになるのを許さないように更に抱き寄せた。
「人前です。・・・止めて下さい」
「大丈夫だよ。・・・ていうか、さっきの罰」
手を少し下にずらして足もそっと撫でた。
「ちょっと、本当に。いい加減にして下さい」
「仕方ないな。・・・これで我慢してあげる」
そう言って馬岱は諸葛亮の口を吸った。顎に手を添えて口を大きく開けさせて舌を入れた。相手のそれを追いかける様に舌を動かす。諸葛亮は人前であるという事もあり抵抗をするのだが、元々力が無い上に酔いも手伝って全く意味をなしていなかった。
鼻にかかるような声を漏らした諸葛亮は恥ずかしさの為に眉を寄せた。
思いきり舌を堪能した馬岱は諸葛亮を離してから、その頭を自分の胸に押し付けて髪を撫でた。諸葛亮は顔を上げようとしたが、それを許さないようにした。
「だめ。そんな可愛い顔で他の人を見ないで。俺だけ見てればいいの、君は」
有無を言わさず耳元でそう囁いた。それに照れたのか、もう疲れたのか、諸葛亮はそのまま頭を馬岱の胸に預けた。
その頭を子供をあやすように撫でながら、実は馬岱は気付いていた。
先程からずっと諸葛亮を伺っている人達が遠くにいる事を。
そちらを見ると、ある人と目が合った。

 

   

「おや。ばれたかな」そうおどけて呟いたのは龐統だった。その傍にいるのは馬超と黄忠、関索である。
事の発端は「誰が孔明を持ち帰るのか賭けよう」という身も蓋もない賭け事からはじまったのだった。
勿論、胴元は龐統だ。
ちなみに、馬超が馬岱に賭け、黄忠が趙雲に賭け、関索が劉備に賭けていた。
「・・・というより、関索。お前さん、いいのかい。あんたみたいな子供が賭け事に手を出して」
「いえ、実は自分も良く分かっていないのですが、なんだか楽しそうでしたから」
「・・・末恐ろしいねえ」
関索の順応性の高さに思わず龐統は溜息をついた。
「・・・しかし、孔明のやつ、相変わらず北の酒に弱いときた。琅邪生まれのくせして、おかしいやつだよ、全く」
「・・・龐統殿、もしかしてこの為に酒を・・・?」
「さあてね。それはご想像にお任せするよ」
「ちなみに、龐統殿は誰に賭けているんですかい?」
聞いてきた黄忠に龐統は応えた。
「いるだろう。絶対、孔明を持ち帰る猛者が。・・・ほら、おいでなすった」

  

  

「孔明様!」
声を上げて近づいてきたのは他でもない、諸葛亮の嫁、月英だった。
「まあ。こんなになるまでお飲みになるなんて・・・。よっぽどお疲れだったのでしょうか」
「・・・月英殿。多分、この人ひとりで歩けないと思う。・・・今日は、俺が丞相府の部屋に連れて行って世話をするよ」
馬岱はそう言って月英を見た。
「まあ。なんてお優しい・・・。しかし、それには及びません。人様に迷惑をお掛けする訳には参りませんもの」
「でも、多分大変だよ・・・。私邸まで帰るの」
「問題ございません」
「ど、どうやって帰るの?この状態じゃ馬に乗せるのもひと苦労だよ・・・」
「抱えて帰ります。夫ひとり持ち帰れないようでは、妻とは言えません」
「・・・」
なんか、負けたと思った。
完敗。
諸々負けた気がするけど、一番は「男らしさ」で負けた気がする。

  

  

「月英殿かあ!」
「これ、ありか!?」
「月英殿を抜く、とは誰も言っておらんよ。ほら、早く出しな」
賭け金をせびるように手を出している傍を、諸葛亮を抱えた月英が通った。
「龐統先生。・・・お酒のこと、分かっております。それはまた、後日」
そう言って去ってしまった。
「・・・」
「・・・」
とりあえず、その場にいた全ての人間が思っただろう。

月英殿を敵に回してはいけない。

こうして蜀の宴は宵を越していくのであった。

   

  

     

 

  

・・・・おまけ

   

  

  

  

   

酒がいい具合に入ってきた将達は、下世話な愚痴大会をはじめる。

  

 

まずは趙雲と姜維のふたり。

 

 

姜維「もう、時々耐えられるか自信がなくなる時があります。あの方が、その、美し過ぎて・・・。ああ、一体私はどうすれば・・・」
趙雲「それは、弟子の誰もが通る道だ。愚痴は私がいつでも聞こう」
姜維「趙雲殿・・・」
趙雲「どうしても気持ちが揺らいで我慢が出来そうになくなったら、一旦部屋を出るといい」
姜維「なるほど。そうですよね・・・。それにしても、どうしてそのような具体的な対処法をご存知なのですか」
趙雲「君たち弟子だけの悩みではないと言う事だ」
姜維「・・・趙雲殿達も苦労されているのですね。心中お察しします」
趙雲「分かってくれるか・・・。さあ、もっと飲もう」

  

 

そして劉備親子。

 

 

劉備「阿斗。そなた、先程孔明になにかしていなかったか」
劉禅「何も。どうされましたか、父上。そんな顔をして。もっとお酒を飲まれてはいかがですか」
劉備「はぐらかすな」
劉禅「困りましたね。私の酌ではご満足いただけないようで」
劉備「いいか。この私でさえ我慢をしているのだ。みんなの孔明をとってはいかん」
劉禅「あらあら。父上、思った以上に酔われていらっしゃいますね・・・。孔明に抱き付かれたのがそこまで効きましたか」
劉備「こら。父をからかうな」
劉禅「ふふふ。いいではありませんか。親子水入らずで晩酌なんて、おつではありませんか。さあ、もっと飲みましょう父上」

  

 

さらに馬超、馬岱達。

  

  

馬超「惜しかったな、岱」
馬岱「・・・ていうか、若達賭けてたの?ホント、大人ってヤだよね・・・」
馬超「何をいうか。大人の嗜みと言え。しかもちゃんと俺はお前を応援していたぞ」
馬岱「・・・これ、従兄弟から応援してもらって嬉しい事かな・・・」
馬超「しかし、月英殿は逞しいな」
馬岱「うん。ホントだよね・・・。自分、もっと男らしさを磨いた方がいいかな。月英殿に何か勝てる気がしない・・・」
馬超「・・・確かに、あれだけ逞しいと、うかうかしてる内に持ってかれるな。男としての地位を」
馬岱「・・・持ってかれるって、こっちが言える立場じゃないけどね」
馬超「まあ、細かい事は気にするな」
馬岱「とにかく、もう少し身体でも鍛えようかな・・・」

  

   

こうして、様々な愚痴と嘆きと涙をその懐に抱きながら宴は更に深まっていくのだった。

 

 

   

 

おわり

bottom of page